四国一周 parte2

趣味の話

アイコンは下灘駅

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前回宿毛まで進んだ一周旅行は、日を改めて続きます。

一応律義に宿毛駅まで行ったんですが、あろうことか写真を撮っていなかったんですよね・・・、まぁ個人の趣味なのでそこまで厳密にする必要もないのですが、ちょっと残念。

取り敢えず宿毛にはもう用はないので前に進みますが、最初に立ち寄ったのは愛南町。

土豫銀行外観

愛南町にある、土豫銀行本店の外観を見学しにやってきました。

土豫銀行についての知識は私には全くないですが調べる限りですと、土豫銀行は愛南町の地場銀行として発足した御荘銀行と高知県西部に店舗を展開した幡多銀行が昭和4年に合併して作られた地方銀行らしく、この界隈に元々あった御荘銀行の本店が合併後にこの建物が新店舗として建て直されたもらしいです。

その後土豫銀行は戦時中の昭和19年に四国銀行に吸収され、この建物も四国銀行の支店として引き継がれます。銀行支店の後には法務局や証券会社、保険会社の店舗等に使われますが、その後は長く空き家の状態が続いているようです。

昭和前期らしいシンプルで重厚な外観のThe地方銀行という外観ですが、そのシンプルらしさがむしろ今の味わい深さを際立たせているような気がします。

土豫銀行を見た後は、前進を再開し一気に西予市まで侵攻します。

道の駅どんぶり館

松山道の西予宇和を下りた先に道の駅があるので、お昼休憩で立ち寄ります。

海鮮丼

私は当地のご飯と宇和海の海鮮を使った海鮮丼を頼みます。パートナーは竜田定食?とかそんなのを頼んでいました。ちなみにここで買った箱ミカンが甘くてめっちゃ美味しかったです。銘柄は普通の温州ぽいですが美味しかったです。

ここで降りたのはご飯だけでなく、卯之町の散策も兼ねています。

卯之町は室町時代から戦国時代にかけて松葉城を拠点とし、南予全域を支配した西園寺氏の城下町が起源で西園寺氏が黒瀬城に移り滅亡した後も存続しましたが、たびたび火災に見舞われ、1651年に現在の場所に移転し、卯之町と改称したそうです。

近世初頭には宇和島藩に組み入れられ、城下町としての地位を失いましたが、江戸時代には宇和島街道をはじめ主要な街道が交差する在郷町として栄え、宿駅や四国霊場第43番札所である源光山明石寺の門前町としても賑わいを見せました。江戸時代後期の蘭学者二宮敬作や、日本人初の女性産科医である楠本イネも往来した通りとして知られています。<引用:西予市HP>

卯之町駅。ベンチがウサギで可愛らしいです。
国指定重要文化財にもなっている『開明学校』

卯之町のハイライトはやはりこの開明学校でしょう。明治期らしい擬洋風建築の小学校です。これだけ立派な学校を建てられるという事は、それだけの資金力が町衆にあったという事なので、往時の賑わいというものを図る事が出来ますね。

開明学校前の風景。教会も見えます。

目の前に見える教会は『日本メソジスト教会卯之町支部』の建物で、この建物も竣工が昭和初期なので歴史ある建物になります。私が行った時期は年末も年末の30日なので観光客もいなければお店も開いていないので路地は閑散としていましたが、それが逆にゆっくりと観光するにはうってつけで良い時間を過ごせました。

その後は八幡浜方面に抜けて伊予長浜方面に向かいます。

お目当てはここ、国登録有形文化財に指定されている『長浜町役場』です。現在も大洲市役所の長浜支所として活用されている様で良かったです。建物も生き物、変に改装されるくらいなら使われない方が良いですが、やっぱり手入れをされながら使われる方がいいと考えます。

下灘駅に入線する列車

その後は全国に名高い下灘駅を見学しに立ち寄ります。ちょうど列車が入線するところを見れたので嬉しいです。ホーム周りにはカメラを構えた人で人だかりが出来ていて、下車する人はさながら有名人気分を味わえそうですが、私がその立場ならちょっと降りるのに気が引けます(笑)。

その後は伊予市駅を経由して松山市内に入り、この日は終了になりました。

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